東京地方裁判所 昭和50年(合わ)223号
被告人 浴田由紀子 外五名
当裁判所は、必要的弁護事件たる本件の本期日において、弁護人らが不出頭ではあるが、誠にやむをえず、本日予定された審理を行なうこととする。その理由及び審理を行なう際に考慮しようとする点等は次のとおりである。
一 本期日に至るまでの被告人ら及び弁護人らの公判期日不出頭等の状況
1 昭和五〇年一一月二五日当刑事第五部の第二回公判期日において、被告人黒川、同浴田は当時当庁刑事第六部に係属中の被告人片岡、同大道寺将司、同大道寺あや子の爆発物取締罰則違反等、被告人荒井の同罰則違反幇助各被告事件との併合審理、統一公判を要求して出頭拒否戦術をとり、その弁護人らもまたこれに同調して出頭せず、ために同期日は流れるに至つた。
2 当部に併合前たる昭和五〇年一〇月三〇日及び同年一二月一六日、当庁刑事第六部において前記被告人片岡同大道寺将司、同大道寺あや子、同荒井の前記被告事件の公判期日において、同被告人らは二回にわたり前1記載と同様の理由で出頭を拒否し、その弁護人らもまたこれと同調して出頭せず、ために右両期日は流れるに至つたことが窺われる。
3 前1及び2記載の両事件が当部において併合審理されるに至つた後、昭和五一年一一月一一日の第一五回公判期日においても、被告人らは正当な理由なく出頭を拒否し、弁護人らも当部の判事室にまで来室しながら、裁判所の出頭要請にもかかわらず、被告人らに同調して公判に出頭しなかつた。
4 次いで、昭和五一年一一月一七日第一六回公判期日においても、被告人らは依然として正当な理由なく出頭を拒否し、弁護人らもこれに同調して出頭を拒否しようとしたが、当日は実質審理を行なわないとの前提のもとに当裁判所の勧告に応じようやく弁護人らのみ出頭した。
5 さらに、本日(昭和五二年一月一四日)の第二一回公判において、被告人らは当裁判所が一月より四月までの間に指定した月三回ないし四回の公判期日指定に抗議して出頭を拒否し、弁護人らも当部の判事室まで来室しながら、裁判所の強い出頭要請にもかかわらず、被告人らに同調して公判に出頭せず、しかも、裁判所が前記各期日指定を撤回し被告人ら及び弁護人らの主張する一ヶ月につき二回という公判期日の案を受け入れるまでは本期日も次回以降の期日も絶対に出頭を拒否し審理に応ずる意思はなく、訴訟手続のみならず、他のあらゆる手段を用いて訴訟の進行を阻止する旨裁判所に申し入れている(なお、昭和五二年一月から四月までの各期日について、弁護人から昭和五二年一月一三日取消請求がなされたが、当裁判所は同日右各請求を却下したものである)。
以上のとおり本期日までのいずれの事例をみても、被告人らは何ら正当な理由がなく全く恣意的に公判への出頭を拒否し、弁護人らの不出頭もこれに同調して行なわれているものと認められる。この意味で弁護人らの公判期日不出頭については被告人に帰責事由があるというべきである。
二 当裁判所の被告人ら及び弁護人らに対する審理予定の告知、出頭の要請及び不出頭の場合にも審理を実施する旨の告知
1 当裁判所は、被告人ら及び弁護人らに対し、毎回の公判期日又は公判期日外において、正当な理由なく出頭拒否、退廷等の行為に及ばないよう要請し、万一そのような場合はやむなく弁護人不在廷のままでも審理を行なうこともありうることを告知してきており、前回の期日においても、本日の期日に関し予め同様の告知をしたほか、本日午前中にも、弁護人らに対し公判に出頭するよう要請し、万一弁護人が出頭しない場合はやむなく審理を行なう旨告知するとともに、被告人らに対しても、拘置所職員を介し重ねて出頭を促し、また前同様の告知をしたものである。
2 本日の期日における審理予定については前回公判廷において弁護人らに対し告知しており、その際法秩序により退廷を命じられていた被告人らに対しては後に書面をもつて右審理予定を告知したものである。
三1 当裁判所は、必要的弁護事件においても、前記事情のある本件のように、弁護人が公判期日に正当な理由がなく出頭せず、そのことにつき被告人に帰責事由があるとき、なかんずく被告人、弁護人が必要的弁護制度を濫用して訴訟の遅延を図り、あるいは自己の不当な要求を実現するため法的手段によらないで出頭拒否等の直接行動によつて裁判所に圧力をかけようとするような場合、必要的弁護の要請のみならず迅速裁判及び民主社会における裁判の威信保持の要請その他裁判制度上のもろもろの要請を総合的に勘案し、被告人、弁護人の恣意により、裁判所が国民から付託されている裁判権の正常な活動が著しく阻害され、あるいは裁判制度が否定される結果になることを防止するため、やむをえず、必要な限度で、刑訴法二八九条の例外を認め弁護人不在廷のまま審理をすることが憲法、刑事訴訟法等の法秩序全体の精神に照し、また刑訴法二八六条の二、三四一条の類推適用により許容される場合があるものと解する。すなわち、被告人が法の正当な手続によらずして処罰されない権利の十分に保障されるべきことは憲法上の権利であり、刑訴法もこれに基いて手厚く被告人の権利保護の規定を設けている。しかし、裁判制度は被告人のためにのみあるものでないことはいうまでもなく、裁判制度は民主制の基盤をなすものとして被告人のみならず、被害者や一般国民もまた利害関係をもち、真犯人が法の正当な手続によつて処罰されてはじめて被害者の被害感情も癒され、一般国民も確立された秩序のもとではじめて安んじて生活をなしうるのである。刑事裁判制度は、このような被告人の利益ないし人権と一般国民の利益ないし公共の福祉との均衡の上に成立すべきものである。このいみにおいて、本件のような必要的弁護事件において被告人、弁護人が同調して公判期日に出頭しない場合、審理を進めうるか否かの問題は、直接的には、必要弁護の要請換言すれば弁護人の在廷するところで審理を進めるという丁重な審理の要請と迅速裁判及び民主社会における裁判の威信の保持の要請等とが矛盾衝突する場合の問題と考えられる。ところで、裁判制度上のもろもろの要請は互いに調和が必要であると解されるのであつて、一つの要請のみを絶対のものとしその結果他の要請を排除する結果となることは許されない。迅速裁判及び民主社会における裁判の威信保持等の要請に著しく反することになるような如何なる事情があろうとも常に刑訴法二八九条の要請を優越させねばならないとするのは如何にも不合理である。被告人、弁護人の全く恣意的な行動によつて、裁判所が何らなすすべもなく訴訟手続を全く進め得ないとすれば、裁判所が国民から付託されている裁判の進行をはかるべき権限と責任を果すことが不可能になり、かえつて裁判進行の鍵は被告人、弁護人の手に握られることになる。かくては、一般国民の裁判に対する不信を招来し、ひいては裁判制度の根底をも揺がす結果となるおそれがある。前記一のとおり、とりわけ本件の本日の期日のように弁護人らは判事室まで来室していて公判廷にたやすく出頭することが可能であるにもかかわらず、裁判所の強い出頭要請を無視し、さらに自分たちの不当な要求を裁判所に受け入れさせるまで裁判の進行を阻止する目的をあらわにするなど明らかに刑訴法二八九条を著しく濫用しているのであつて、このように、右法条が本来予想しなかつた事態において、そのままこれを適用したのでは裁判制度上の他の正当な要請が甚しく害されるなど著しく正義に反することとなるような場合には、同法条を適用しないことが例外的に許され、むしろそれこそが憲法及び刑訴法を含む法秩序全体の精神に添うものと考えられ、この点は刑訴法二八六条の二、三四一条の類推によつても窺えるところである。
2 ところで、本件のような私選弁護人不出頭の場合、刑訴法二八九条二項によつて国選弁護人の選任を行なうべきか否かについて考えてみるに、弁護人不出頭の期日において、直ちに国選弁護人を選任して、その期日に予定されていた審理を行なうことは、複雑困難な事件あるいは公訴事実が多数であつて訴訟資料の膨大な事件においては殆んど不可能である。本件においては、公訴事実の数及び内容、証拠の量、被告人の態度及び事件に対する認否の状況等からみて、国選弁護人選任までにかなり長期間を要し、選任後も長期の準備期間を必要とすると予想されること、従つて、かりに直ちに国選弁護人が選任できて、本日の公判廷に出頭できたとしても実質的な弁護を期待することはできないこと、私選弁護人が辞任していない状況下に国選弁護人推せん依頼の手続をすること自体新たな紛議を招くおそれもなくはないこと等直ちに国選弁護人を選任して審理を行なうことには著しく困難な問題があり、結局、当該期日の審理は不可能になり、訴訟進行が著しく阻害されるのに比し、反面、本件では早い時期から私選弁護人が選任されていて、十分な訴訟準備期間もあつたこと、弁護人らは前記のように出廷拒否の被告人らと同調して訴訟の正常な進行を阻止する目的を有していること、また弁護人らは判事室に来室していて、法廷に出頭しようとすればたやすく出頭しうる状況下にあることとを比較秤量すれば、私選弁護人の不在廷を補うため直ちに国選弁護人を選任することを不可欠とすることは、迅速な裁判の面からみて著しく権衡を失することになる。
3 その他弁護人が所属する弁護士会に対し、刑訴規則三〇三条二項による処置請求又は弁護士法五八条一項による懲戒請求のような手段も考えられないではないが、本期日自体の審理の進行にとつては何ら解決策とはなりえない。
4 以上の必要的弁護事件における弁護人不出頭の場合の審理の可否の問題は、本来立法論の範疇に属するとの考え方もあろうが、本件のような特殊な事情のもとでの限定された問題としては解釈論の範疇にも属すると当裁判所は考える。
四 審理を行なうに際し当裁判所が考慮しようとする事項
1 弁護人不在廷での期日の審理は、予め被告人、弁護人に告知しておいた範囲についてのみ行なうものとする。
2 弁護人不在廷での審理の概要は、すみやかに被告人、弁護人に対し告知し、次回期日の出頭を促す予定である。
3 弁護人不在廷での証人尋問について、弁護人から反対尋問のための再尋問の申出があつたときは、それが事件と関連性のない事項若しくは必要性のない事項にわたり、又は、すでになされた尋問と正当な理由がなく重複すると認められる場合を除いては許可する予定である。